柔術がもっと面白くなる歴史コラム


名柔術探偵ホームズ、怪盗柔術紳士ルパン

 

一、ホームズとルパン

アーサー・コナン・ドイル著の名探偵シャーロック・ホームズ、モーリス・ルブラン著の怪盗アルセーヌ・ルパン、この二作品は20世紀初頭の大ベストセラー作品です。前者がイギリス、後者がフランスの文学作品ですね。

現代日本では、名探偵コナンのモチーフがホームズで、怪盗キッドのモチーフがアルセーヌ・ルパンだと言ったほうがわかりやすいかも知れません。また、超有名作品の「ルパン三世」は怪盗アルセーヌ・ルパンの孫だという設定なんですが、最近の40代以下の世代にはあまり知られてないっぽいです。

 

さて、この二作品はかたや名探偵、かたや怪盗という対照的なキャラ付けのため、しばしばライバル扱いされました。というか、ルパンの作者のモーリス・ルブランは、エルロック・ショルメ(英語読みだとハーロック・ショームズ)というあからさまにホームズをもじった探偵を自作品に登場させており、ホームズファンのひんしゅくを買っています。ちなみに、日本語訳ではもはやもじってさえおらず、そのまんまシャーロック・ホームズという名前で翻訳されちゃってます。

 

同時代に活躍した(という設定の)この両名がもし肉弾戦で戦ったらどうなるのか、少し気になるのが我々格闘技マニアというものです(?)。実はこの2人、共に作品の中で柔術を使う描写があるのはそんなに注目されていません。

 

二、ホームズの柔術

シャーロック・ホームズは、宿敵モリアーティ教授と揉み合いになった際に、日本の「バリツ」という格闘技(原作では「baritsu, Japanese system of wresling」)を使って難を逃れたと、作中で自身の口から語っています。長年の間、ファンの間でこの「バリツ」とは何なのかが議論されてきて、「ブジュツ」がなまったのではないか、などと言われていました。しかし、20世紀後半の1980年代になって、どうやらバリツ(baritsu)とはバーティツ(bartitsu)の綴り間違いで、ホームズが使った日本の格闘技とはバーティツで間違いない、という結論が出たようです。

 

バーティツとは「バートン式柔術」の意です。1890年代、鉱山技師として日本で数年間を過ごしたエドワード・バートン・ライトという人物がいました。彼は1898年にイギリスに帰国し、雑誌で自らが日本の柔術をもとに考案した「バーティツ」を披露します。それは、柔術にステッキを使う格闘術を加えたものだったということです。

バートンはロンドンに道場を開き、バーティツを教え始めました。1898年〜99年頃のことでした。このころ、谷幸雄とその兄弟、およびS・ヤマモトという三人の日本人がバートンの招きで柔術指南にあたっていたとのことです。

 

シャーロック・ホームズが作中で「バーティツ」に言及する「空き家の冒険」が書かれたのは1903年のことです。バーティツ道場の開設から四〜五年経っていますから、完全に辻褄は合いますね。作者のコナン・ドイルは、東洋からやってきた物珍しい武術を、なにかハイカラなものとして作品に登場させたのではないかと言われています。

 

三、ルパンの柔術

もう一方の雄、怪盗アルセーヌ・ルパンですが、こちらは作中で何度も柔術への言及が出てきます。私は15年くらい前に、図書館で借りてアルセーヌ・ルパン全集を全巻読んだのですが(すんげー面白かったです)、何回その言葉が出てきたかちょっと分かりません。しょっちゅう出てきていた、という印象があります。その初出は1906年に発表された「ルパンの脱獄」で、ルパンが柔術を使ってガニマール警部を制圧するシーンが出てきます。

 

このため、最低でも知識上は、1906年時点で柔術というものがフランスで知られていたということがわかりますね。

 

また、手元の資料によると、フランス人の体育指導者であるデボネという人物が、ロンドンのバーティツ道場で柔術を知り、これをフランスに持ち込んでパリで柔術専門のスポーツクラブを開いたとあります(坂上康博著 海を渡った柔術と柔道、122ページ)。そしてそのデボネのもとで柔術を学んだエルネスト・レニエという男が野外試合でジョルジュ・デュポワというフランス式護身術の使い手を破ったというのが1905年10月ということですから(同書)、デボネの柔術道場は少なくとも1905年時点でパリに存在していたということですね。

 

よって、1906年に発表された小説に柔術が登場しても何らおかしくはないということがわかります。

 

四、欧米に散らばっていった柔術家達

このように、二十世紀の始めに書かれた有名な小説二作品に、柔術は登場します。今日、柔術というとほぼブラジリアン柔術を意味するようになってしまった時代にあっては、なんとなく前田光世が1917年にブラジルでカーロス・グレイシーに柔術(柔道)を教え始めたのが柔術の本格的な海外普及の始まった頃であるように錯覚しがちです。

 

しかし、実際には前田光世のように海を渡って海外に挑戦した日本人柔術家は、何十人もいたのです。彼らは北米南米ヨーロッパ、各国で柔術を披露し、教えました。初期の頃は、講道館柔道よりもその他の柔術諸派の方が多かったようです。

自らが修行した柔術の腕前をもって、世界で一旗揚げてやろう。そんなふうに雄飛を夢見た、開拓精神に溢れる柔術家が相当数いたということですね。微笑ましくもあり、頼もしくもあり。

 

五、グレイシー柔術ショックの再来!?

それにしても、それだけ普及したはずの柔術ですが、今日目につくのは柔道とブラジリアン柔術だけです。あとはせいぜい、柔道を取り入れて発展したサンボくらいでしょうか。

一体他の柔術諸流派はどこへ消えてしまったのか⋯⋯。まあ、日本国内ですらよく目につくのは大東流合気柔術くらいのような気がしますから、世界で消滅してしまったとしても何らおかしくはありませんが。(バーティツは今でも細ぼそながら伝えている人達がいるそうです。)

 

でも、いつの日かUFCあたりにひょっこりと激強ファイターが現れて、そのバックボーンが100年以上前に日本から伝わった「〇〇流柔術」だった⋯⋯なーんてことが起きたらと思うと、ちょっとワクワクしてきませんか?グレイシー一族の時に一度起きたんです。また同じようなことがあったって、おかしくはないではありませんか。

(小林雄志)

参考文献

坂上康博 海を渡った柔術と柔道

井上俊 武道の誕生

神山展士 不敗の格闘王 前田光世伝